私のジェンダー・宗教・生命観について

ここで、私の人生における価値観について、お話します。
というのは、私がこのオラクルカードを主軸としたサービスで提供しているものが何であるかを、はっきりと示したいからです。
これはとても大切な話のはずでしたが、2021年の今になるまで、なぜか今まで書かずにきてしまいました。

まず最初に、私はおそらく、かなり大多数の人の枠と予想を超えて、ありとあらゆる差別を持っていません。
思いつく限り、年齢や性別、立場や職業、人種や国、貧富や貴賎で人を判断した覚えは、今の所一度もありません。そこに対して人一倍敏感なのです。むしろ、そこがなさすぎて苦労してきた人間です。
人間がどれほど、狭い経験と思い込みで人を非難することでしょう。どれほど簡単に…。私はそれをよく知っています。ですから、WHRに来る方には、ご自分が私と価値観が合うかどうか、見ておいてほしいのです。

ここではなるべく簡潔に、私自身の価値観と実態を書いておきます。

・性認識について

同性愛や自己の性別の認識について、一切の偏見を持っておりません。むしろ、人間である以上、ありとあらゆる組み合わせが発生するのが自然であり、男と女、という枠組みでしかものが見られず考えられないというのは不自然であり、誰かに教えられた機械的な認識であると思っています。
世界を見渡しても同性愛婚が可能な国から、日本のように夫婦別姓すら受け入れられない国、正当な理由のある女性の妊娠中絶が違法となる国まで、とかくジェンダーに関する人間社会の差別と受け皿の不健全さは、とてつもないものがあります。
そのことに悩み苦しむ人々が、どれほど多いことでしょう。あなたの問題ではありません。人間社会の成熟が追いついていないことが問題なだけなのです。

私自身の話でいうと、私はDNAが女性で、男性を性愛の対象と見ておりますので一般的にはヘテロセクシャルという感じになるのだと思いますが、男性を好きなのは「趣味の問題」であって、他の問題を付随させてはおりません。すなわち、男性は養ってくれるものだとか、男性は家庭を守り抜くものだとか、男らしくてつよい!とか、そんなことは一切、期待しておりません。私が男が好きなのは「ただの趣味」です。私の趣味の対象がもし女性であれば、私の肉体の性別に関係なく、私は女性を好んだでしょう。そうじゃなかっただけの話です。
そして、性的嗜好の問題というのは、人間関係において、本当に少ない役割にすぎない、と個人的には感じています。「人間」としての幅や深みに、性別は一つの「生まれた時の条件」として絡んではきますが、それ以上でもそれ以下でもないのです。
一番大事な部分を、人としての「中味」を、もっと尊重すべきではありませんか?
そしてそこに、必要以上の、例えば思考停止状態で決定されたありとあらゆる種類の差別は入り込むべきではないのです。社会が無理なら、少なくとも、個人の付き合いでは。

もっと極端なケース…しかし少なくはない話をすれば、例えば道徳的にどう考えても社会的人間としての責任を踏み越えてまで、あなたの趣味を貫いていいわけではありませんが──それはつまり、例えば幼児性愛者の方は、それを自分できちんと理解し、現実の子供は社会人としてきちんと守る立場でいて、誰かに迷惑をかけず、趣味として処理すること、など──ができていれば、誰にも非難されるいわれはない、ということです。殺傷行為で快楽を感じる人は、そうではない行為と違うアプローチでなんとかする、ということです。
そうした社会的に困難なものであっても、自覚があり、正当化するのではなく押し殺すだけでもなく、うまく創意工夫して「自分の一部」として共存して生きる選択をしているのであれば、私は一切、それに対する偏見は持ちません。
逆に言えば、どれほど表面的に「正当な趣味」で取り繕っている人でも、それがニセモノだったり表面的だったり嘘であったり、そうでない人を攻撃したり差別したりする材料にしてしまっている人は、どのような人であろうと私は決して尊敬することができません。

・宗教について

よくある誤解ですが、オラクルカードは何教とも一切の関わりがありません。
たまたま最初に「エンジェルカード」を作ったドリーンがクリスチャンだっただけの話であり、今、この世に出ているオラクルカードたちを見渡せば、むしろまったく関係のないジャンルがほとんどであることに気づくでしょう。クリスタル、アボリジニ、アトランティス、フェアリー…こうしたものが現実の教会で受け入れられているとお思いでしたら、改められた方が身のためでしょう。というのは、むしろ特定の宗教では、こうした存在たちは受け入れられておらず、認められていないからです。むしろ、不純なものを持ち込む危険人物と見られることもあります。オラクルカードに出会って衝動的に教会に行ってしまう方は、この点だけ、お気をつけください。

といっても、これはあくまでも「一般論」です。
実際に宗教を持っている人にもいろいろあって、部活動感覚でただ参加してる人もいれば、「村」を作って一息ついているだけの人もいれば、本当に熱心に祈る正当な宗教者であることもあり、その全てが入り乱れているのが宗教者たちです。
無宗教者たちも同じようなものです。特定の宗派にないというだけで、常に神と個人的に対話をしている人もいれば、そうしたもの全般への恐怖から洗脳だインチキだと叫び散らすだけの人、まったく自分には縁がないというスタイルで暮らしている人まで、とにかく様々であり、宗教者たちの世界とそれほど違いはありません。
というわけで、全く気にする必要がございません。
何教徒の方でも、無宗教者も無神論者も複数好きなように信じてる方も、どなたでもどうぞ。

ちなみに私は日本のプロテスタントで、教会ではこうした活動をしているとは一切言っていません(特に言う必要もないので…)が、例えば海外のプロテスタントには欧米で盛んなユニタリアン教会等で、同性愛者も仏教もイスラム教もヨガも全て受け入れ、全ては繋がっている世界のもとにあるという主眼のもとに活動しているキリスト教、というものがあります。(通常、どの宗派でも同性愛者は教会に入れてもらうことすらできないのです…。)世界は広いものです……私も海外に出るまで知りませんでした。どちらかといえば、私は完全に後者なのです。私自身、枠組みや「所属」には、本当に何の意味も感じていません。確かなのは、神と繋がっていること、そのチャンネルの「メイン契約」をキリストと交わした、という、個人的に大切な約束事だけです。それ以外のことは、人間社会の狭さや不完全さからいって、ほんとうに取るに足らないことなので。

・生き方について

自由に生きるみなさん。私もその一人です。
結婚について、パートナーシップについて、稼ぎや立場や好みの違い…
普通に「誰かと分かり合えた試しがない」とか「周囲の誰とも意気投合した覚えがない」という人すら、いるのではないでしょうか。
私の脳みその幅はわりととてつもないので、楽しくお話しできると思います。
いわゆる「占い」をうちは提供していないので、自分が自分としてまっすぐに歩んでこられているか、誰かの言葉や気持ちが欲しくなったら、どうかWHRにおいでください。
あなたの天使たちが、待ち構えていますよ。

・生命について

これは言っておきたいのですが、「人間だけが偉い、人間が動物の中で一番」みたいな考え方が、いっとう嫌いです。
私が普段常に言っていることなのですが、もし私がアリに生まれていたら、私の恋の相手は確実にアリですし、美しいと感じた相手はアリで、どうしたらアリとしての生命をまっとうできるか、考えたはずです。私がたまたま人間に生まれたから、ついつい、人間が趣味的に好きで、人間に惹かれたり、研究してしまったりしているだけなのです。
人間以外にそんな思考があるものか!と思う人がいるとしたら、なんという浅慮だろうと思わざるを得ません。感情、感覚、生命、魂というものがある以上、私たちは皆、宇宙と繋がっているのですから、その全ては宇宙に捧げられているのです。
それと、人間が一番とか、科学が一番と言う人ってわりと、目に見えないものは全部信じられないとか、嘘だまやかしだ、という方が多い気がします。まぁ、恐らくそういう方はこのサイトをご覧にはならないと思うのですが…、科学だろうが何だろうが、やればやるほど、人間には分からないことの方の領域がどれほど大きいか、思い知らされるばかりだと思うのです。その不思議な「分からない」の未知の世界があなたにとって、願わくば恐怖ではなく、わくわくと驚きと、謙虚な気持ちで楽しく共存したいというモチベーションでありますように!

・まとめ

というわけで!(まとまってるかどうか分からないんですが思いつく限り書きました…!)
この社会で生きづらいと感じている皆さん、どうか、私のところにもし来られた際には、何も隠す必要はありません。
ありのままのあなたでいてください。
そのままの自分でいてください。