精神的自由度から見るタロットとオラクルの違い

タロット=まず自分の基礎を理解したい人へ。または誰かに自己理解のツールを提供したい人へ。

 ある程度自分や他の人たちをきちんとした型にはめて捉え直したい人。システムで構築されているので、自分を無軌道に感じてるときは役に立つ。
 タロット世界の仕組みを理解しており、ポジティブで建設的かつ理性的に読める人にリーディングしてもらわないと、とんでもないネガティブ思考に陥ることがあるので注意。


オラクル=自分をある程度理解した上で、自由を求めている人へ。または誰かに自由になれる方法を提供したい人へ。

 もう何ものにも縛られたくない、自分は自分として生きたいと望む人はこちらへ。型にはめる作業は終わり、個人の独立性を制限しようとする内外の未熟を丁寧に打破し続けながら、愛と自由を真正面から実現していきたい人が使うためのものです。真理と自由を受け止められる段階、またはどうしてもそうしたいのだと強く感じるようになってからにしましょう。
 トラウマと戦ってる段階の人はうまく受け入れられないので注意。

 

私のジェンダー・宗教・生命観について

ここで、私の人生における価値観について、お話します。
というのは、私がこのオラクルカードを主軸としたサービスで提供しているものが何であるかを、はっきりと示したいからです。
これはとても大切な話のはずでしたが、2021年の今になるまで、なぜか今まで書かずにきてしまいました。

まず最初に、私はおそらく、かなり大多数の人の枠と予想を超えて、ありとあらゆる差別を持っていません。
思いつく限り、年齢や性別、立場や職業、人種や国、貧富や貴賎で人を判断した覚えは、今の所一度もありません。そこに対して人一倍敏感なのです。むしろ、そこがなさすぎて苦労してきた人間です。
人間がどれほど、狭い経験と思い込みで人を非難することでしょう。どれほど簡単に…。私はそれをよく知っています。ですから、WHRに来る方には、ご自分が私と価値観が合うかどうか、見ておいてほしいのです。

ここではなるべく簡潔に、私自身の価値観と実態を書いておきます。

・性認識について

同性愛や自己の性別の認識について、一切の偏見を持っておりません。むしろ、人間である以上、ありとあらゆる組み合わせが発生するのが自然であり、男と女、という枠組みでしかものが見られず考えられないというのは不自然であり、誰かに教えられた機械的な認識であると思っています。
世界を見渡しても同性愛婚が可能な国から、日本のように夫婦別姓すら受け入れられない国、正当な理由のある女性の妊娠中絶が違法となる国まで、とかくジェンダーに関する人間社会の差別と受け皿の不健全さは、とてつもないものがあります。
そのことに悩み苦しむ人々が、どれほど多いことでしょう。あなたの問題ではありません。人間社会の成熟が追いついていないことが問題なだけなのです。

私自身の話でいうと、私はDNAが女性で、男性を性愛の対象と見ておりますので一般的にはヘテロセクシャルという感じになるのだと思いますが、男性を好きなのは「趣味の問題」であって、他の問題を付随させてはおりません。すなわち、男性は養ってくれるものだとか、男性は家庭を守り抜くものだとか、男らしくてつよい!とか、そんなことは一切、期待しておりません。私が男が好きなのは「ただの趣味」です。私の趣味の対象がもし女性であれば、私の肉体の性別に関係なく、私は女性を好んだでしょう。そうじゃなかっただけの話です。
そして、性的嗜好の問題というのは、人間関係において、本当に少ない役割にすぎない、と個人的には感じています。「人間」としての幅や深みに、性別は一つの「生まれた時の条件」として絡んではきますが、それ以上でもそれ以下でもないのです。
一番大事な部分を、人としての「中味」を、もっと尊重すべきではありませんか?
そしてそこに、必要以上の、例えば思考停止状態で決定されたありとあらゆる種類の差別は入り込むべきではないのです。社会が無理なら、少なくとも、個人の付き合いでは。

もっと極端なケース…しかし少なくはない話をすれば、例えば道徳的にどう考えても社会的人間としての責任を踏み越えてまで、あなたの趣味を貫いていいわけではありませんが──それはつまり、例えば幼児性愛者の方は、それを自分できちんと理解し、現実の子供は社会人としてきちんと守る立場でいて、誰かに迷惑をかけず、趣味として処理すること、など──ができていれば、誰にも非難されるいわれはない、ということです。殺傷行為で快楽を感じる人は、そうではない行為と違うアプローチでなんとかする、ということです。
そうした社会的に困難なものであっても、自覚があり、正当化するのではなく押し殺すだけでもなく、うまく創意工夫して「自分の一部」として共存して生きる選択をしているのであれば、私は一切、それに対する偏見は持ちません。
逆に言えば、どれほど表面的に「正当な趣味」で取り繕っている人でも、それがニセモノだったり表面的だったり嘘であったり、そうでない人を攻撃したり差別したりする材料にしてしまっている人は、どのような人であろうと私は決して尊敬することができません。

・宗教について

よくある誤解ですが、オラクルカードは何教とも一切の関わりがありません。
たまたま最初に「エンジェルカード」を作ったドリーンがクリスチャンだっただけの話であり、今、この世に出ているオラクルカードたちを見渡せば、むしろまったく関係のないジャンルがほとんどであることに気づくでしょう。クリスタル、アボリジニ、アトランティス、フェアリー…こうしたものが現実の教会で受け入れられているとお思いでしたら、改められた方が身のためでしょう。というのは、むしろ特定の宗教では、こうした存在たちは受け入れられておらず、認められていないからです。むしろ、不純なものを持ち込む危険人物と見られることもあります。オラクルカードに出会って衝動的に教会に行ってしまう方は、この点だけ、お気をつけください。

といっても、これはあくまでも「一般論」です。
実際に宗教を持っている人にもいろいろあって、部活動感覚でただ参加してる人もいれば、「村」を作って一息ついているだけの人もいれば、本当に熱心に祈る正当な宗教者であることもあり、その全てが入り乱れているのが宗教者たちです。
無宗教者たちも同じようなものです。特定の宗派にないというだけで、常に神と個人的に対話をしている人もいれば、そうしたもの全般への恐怖から洗脳だインチキだと叫び散らすだけの人、まったく自分には縁がないというスタイルで暮らしている人まで、とにかく様々であり、宗教者たちの世界とそれほど違いはありません。
というわけで、全く気にする必要がございません。
何教徒の方でも、無宗教者も無神論者も複数好きなように信じてる方も、どなたでもどうぞ。

ちなみに私は日本のプロテスタントで、教会ではこうした活動をしているとは一切言っていません(特に言う必要もないので…)が、例えば海外のプロテスタントには欧米で盛んなユニタリアン教会等で、同性愛者も仏教もイスラム教もヨガも全て受け入れ、全ては繋がっている世界のもとにあるという主眼のもとに活動しているキリスト教、というものがあります。(通常、どの宗派でも同性愛者は教会に入れてもらうことすらできないのです…。)世界は広いものです……私も海外に出るまで知りませんでした。どちらかといえば、私は完全に後者なのです。私自身、枠組みや「所属」には、本当に何の意味も感じていません。確かなのは、神と繋がっていること、そのチャンネルの「メイン契約」をキリストと交わした、という、個人的に大切な約束事だけです。それ以外のことは、人間社会の狭さや不完全さからいって、ほんとうに取るに足らないことなので。

・生き方について

自由に生きるみなさん。私もその一人です。
結婚について、パートナーシップについて、稼ぎや立場や好みの違い…
普通に「誰かと分かり合えた試しがない」とか「周囲の誰とも意気投合した覚えがない」という人すら、いるのではないでしょうか。
私の脳みその幅はわりととてつもないので、楽しくお話しできると思います。
いわゆる「占い」をうちは提供していないので、自分が自分としてまっすぐに歩んでこられているか、誰かの言葉や気持ちが欲しくなったら、どうかWHRにおいでください。
あなたの天使たちが、待ち構えていますよ。

・生命について

これは言っておきたいのですが、「人間だけが偉い、人間が動物の中で一番」みたいな考え方が、いっとう嫌いです。
私が普段常に言っていることなのですが、もし私がアリに生まれていたら、私の恋の相手は確実にアリですし、美しいと感じた相手はアリで、どうしたらアリとしての生命をまっとうできるか、考えたはずです。私がたまたま人間に生まれたから、ついつい、人間が趣味的に好きで、人間に惹かれたり、研究してしまったりしているだけなのです。
人間以外にそんな思考があるものか!と思う人がいるとしたら、なんという浅慮だろうと思わざるを得ません。感情、感覚、生命、魂というものがある以上、私たちは皆、宇宙と繋がっているのですから、その全ては宇宙に捧げられているのです。
それと、人間が一番とか、科学が一番と言う人ってわりと、目に見えないものは全部信じられないとか、嘘だまやかしだ、という方が多い気がします。まぁ、恐らくそういう方はこのサイトをご覧にはならないと思うのですが…、科学だろうが何だろうが、やればやるほど、人間には分からないことの方の領域がどれほど大きいか、思い知らされるばかりだと思うのです。その不思議な「分からない」の未知の世界があなたにとって、願わくば恐怖ではなく、わくわくと驚きと、謙虚な気持ちで楽しく共存したいというモチベーションでありますように!

・まとめ

というわけで!(まとまってるかどうか分からないんですが思いつく限り書きました…!)
この社会で生きづらいと感じている皆さん、どうか、私のところにもし来られた際には、何も隠す必要はありません。
ありのままのあなたでいてください。
そのままの自分でいてください。

オラクルカードの持つ力強さの体験

ここをご覧の方は少なからずオラクルカードというものに興味をお持ちだったり、もっと理解できるようになりたいと感じたりしていらっしゃることと思います。

カードをめくると、そこには豊かなイメージの世界と、解説書による更なる広がり、あなたに必ず用意されているぴったりきている詳細で微にいり細にいりケアしてくれるメッセージ、そしてカード同士の連携や組み合わせによって更にどんどん広がっていく、希望の力の世界が展開されています。

私は特にこのオラクルカードというものを、より多くの方に、正確に知り、受け取り、人生に活かし、皆さん一人一人が自分自身を輝かせて生きるために活用してもらいたいと考えています。

そして、オラクルカードは常に核心を突いており、実に奥が深いので、いつまで使っても飽きることも古びることもなく、新鮮な驚きとアドバイスやサイン、ヒントをくれるものであることは間違いありません。

オラクルカードのこの性質については私自身、自分の人生において五年余り、いわば「実験」してきました。ありとあらゆることをカードと共に歩み、相談し、やってみようと行動に起こして結果を見る……という風に「実験」してきたのです。その結果言えることは、オラクルカードは内なる真実を自分で知るための優秀なツールであること、その導きは正しいということと、やはり毎日カードを引き続けると、そのカードの「存在」たちとの距離が近くなり、祈りやすくなることで「守られている」という感覚が非常に強まるということです。

少し、わたし自身(Yukiko)の体験をお話します。

カードを使い始めた頃、私はいろいろなものを失っていました。より自分自身になるために変化を予感してもいましたが、そのために手放さなくてはならなかったものはあまりにも大きく感じられ、また家族の身にも様々な出来事が起こり、大好きな祖母を亡くし、私はこれからどうやって生きていくつもりなんだろう?と、途方に暮れながら、人生の「片付け」を始めていて。自我はとっくに突っ張る力も失い、生きる気力を失わなかったのがギリギリのところぐらいでした。とにかく今やれることを少しずつやるしかない…。殆ど何の希望も見えていませんでした。ただ、私は絵を描くという、自分の生きる理由だけが存在している状態でした。それすらも、将来も希望も見えてこない…。自分自身のあるがままを受け入れなくてはこの先進めない状態に来ていました。非常に繊細でありながら、ものすごい馬力も持っている。なんだか分からないけど結構すごい知力と、結構すごい根性を持ち合わせていることもなんとなく知ってはいました。それは凄いことなのかもしれませんが、でも、その使い方が分からなかったのです。使い方が分からないから、私は自分の力がただ恐ろしいだけでした。爆発したときの周囲の脅えた顔も散々見てきました。それが辛くて、自分の能力を閉じ込めようともしましたが、爆発力がすごすぎてそれすらも無理。もう、どうしていいのか分からないのです。
その頃、エンジェルカードに出会いました。何故だか「これしかない!」という思いがあり、毎日引きましたが、最初は全く意味が分かりませんでした。気に入らない結果が出たら、気に入る結果が出るまで引き直すなんてこともよくやりました。。天使のメッセージと格闘し続けました。もう「辛抱」なんて、うんざりだったのです!「安心」だなんて、いったいこんな人生のどこで出来るというのでしょう!私は、天使の言う事を聞き入れたい気持ちと、どうにもならない抗いの気持ちを同時に抱えたまま、毎日毎日、引き続けました。
しかし約半年が経った後、私はふっと、抵抗することを諦めました。「このままじゃ天使の言うことが分からないままだ。そんなのはもうイヤ。天使はずっとここにいてくれてるのに。いいわ、甘えるのをやめて、受け入れよう……」そのあたりから、突然、メッセージたちがすっと胸に入ってくるようになりました。私はやがて、定期的にカードを引き、己の状態をカードで確認して行動力、抑制力、活動と休止のペースを掴むことを本能的に覚えました。三年間、毎日「カード日記」をつけました。(今もつけています)天使のメッセージを引きっぱなしにせず、毎回振り返り続けてみたところ、どういう意味があったのかを理解するべく自分自身にしか見えて来ない「意味」があることに気がつきました。更に、エンジェルセラピーオラクルカードを寝る前に引いて一日の疲れや疑問をクリアにすることを、何故か突然覚えました。突然、そうし始めたのです。いつからしていたかは覚えていません…恐らく買った次の日ぐらいからもうしてた気がします。カードの使い方に関しては、殆ど本能での領域でした。私はいい意味でも悪い意味でも、自分を信用していません!から、常に自分を天の目から見てどのような状態にあるのか見ていないと不安なのです。でも、それは悪いことではなく、私の場合はそうして自分を振り返り続けることによって初めて「ほんとうの自信」を手に入れられるのだ、ということに気づきました。神と繋がることで、自分の中に広大に広がるあらゆる領域のバランスが取りやすくなることに気づき、もっとそれを深める方法を探しました。それを続けていくと、自分以外の人にリーディングをする時でも、自分がエゴ目線で喋っているのか、そうではないのかが見分けがつくようになり、エゴの声にも気がついて反省もしながら同時に天使からの人へのメッセージを伝達できるようになってきました。冷酷なまでに自分の内側を理性の目でサーチしながらも、鋭い感性で天使のメッセージを見抜き、見分けられるようになったのです。つまり私は遂に、持って生まれた自分のパワー力とブレーキ力、両方の使い方を掴み始めていたのです。それは聖なる統合であり、男性性と女性性の「結婚」を意味していたと思います。

そうこうしているうち、オラクルカードでのリーディングを全く知らない人に行っても、正確なリーディングが瞬時にできる自分に気づくようになりました。初めてのカードを買ってから三年目です。そしてその一年後には、めちゃくちゃビビリで引きこもりがちだった私が、何故か海外に飛び出して、イラストレーションの勉強をしながらカードを教えるまでになっていました。

私はそのために、別に突飛なことをしたわけではありません。ただただ、オラクルカードを理解したくて、カードが好きで楽しくてやってるうちに、飛び込んで来たチャンスに乗る勇気の出し方をカードを通して教わったり、自分のハートにどうしたいかをしっかりと聞いて、その通りに行動し、結果が着いてくることを、ただ驚きの目で眺めていただけのようなところがあります。もちろんそのために苦労したり傷ついたりしながら努力しているのは私自身なのですが、ただ「内なる叡智」に従うこと、神さまや天使たちと繋がることで自分のケアをしてあげられることに気がついて、恐らく真の意味で「自立」したのです。ただ、それだけなのだと思います。

オラクルカードの使い方次第で、自己内省の仕方に道筋がついてきたり、悩みを解放する方法が分かって実践するようになったり、行動を起こす時や困難にぶち当たった時でも常に天が私たち人間を見守り、実際に導いてくれていることを、カードがなかった頃よりもずっと深く強く常に理解できるようになるのだと、これで私は分かりました。
苦労をただの苦しみと捉えずに、この全ては成長するための楽しい道のりだからと考えて、決して自分に背いたり無理をかけたりせずに日々如何に努力していけるようになる視点の切り替えこそが、オラクルカードと会話することで見えてくる得意分野なわけです!

たったのそれだけで、人は勇気を持って外に飛び出せるようになります。以前よりもずっと、ありのままの自分を受け止め、向き合えるようになります。それが私が人生をもって証明することの一つです。

自分を牢獄に閉じ込めるのも、喜びに向かって心を開き、自らの狭き心に打ち勝つのかも、あなたが自分で決められます。
そして、もし心と慎重に会話して分かったことを実行する勇敢な決断をしたならば、オラクルカードはあなたを徹底的にサポートしてくれます。
どんなサインが与えられているのか、自らと向き合うため今どうしたらいいのか…こまやかな天使の指導を得たいと願うならば、扉は開かれます。
決意がひとたび備わったなら、是非WHRを利用して下さい。ありとあらゆるサポートを用意してお待ちしています。

オラクルカードリーディングを通して、あなたへの祝福を豊かに受け取ってもらうことが、WHRを立ち上げた私の唯一の願いと目的であります。

自分-他人-神の領域のバランス

人間には、例えば「心身魂」とか「インナーチャイルド、親、賢者の老人」とかの3つのくくりがある、と講座等でも教えているのですが、意外と大事なのは
「自分」「自分以外の人」「天」だと思うのです。

この3つは、それぞれ、その領域にしか癒したり救ったりできない大切な機能があります。

自分を救えるのは自分だけ、という部分があります。
これは、自分を好きになること、自分に自信を持ったり、自分が信じることを貫くことで道がひらけてきた時に初めて感じる喜びと確信だとか、そういうものです。これは他人がいくら自分を褒めてくれても、いくら自分を慰めてくれても、自分が自分を認めないと、そして認められるように行動しないと永遠に癒されない部分で、他人に褒めてもらいたくて依存してしまう人も多いです。が、そもそも、それは自分がそれを認識し、自分を愛し大切にすると決めなくてはいけないことです。
自分にしか分からないことややりきれない気持ちをどうにかするには、ものを作るのが一番です。芸術です。絵でも、音楽でも、ねんどでも、料理でも、手芸でも、なんでもよいです。カラオケに行って歌いまくるとか、一日中取り憑かれたように編み物してるとか、そんなのもそういうことの一部です。私は、やりきれなくなったら、絵を描くしかないです。絵にしか解決できないことがあり、描く期間をしばらく設けるといつのまにかスッキリします。
芸術は、人間の混沌を受け止めて、良い悪いではない世界に連れていってくれて、次のチャンスやステップにも導いてくれます。人間の根本は創造性だからなのだと思います。

次に、「自分以外の人」これもすごく大事です。
人は絶対に一人じゃ生きていけません。愛する人、反対する人、分かってくれる人、ぜんぜんわかろうともしない人、関係ある人ない人、いろんな人がいることが大事なんです。
そして、一人で思い悩んでしまった時や、天から持ってきた使命が辛くてしんどくて重たいとき、人として生きる苦しみや重荷を分かち合えるのは、地球に一緒に生まれてきた、周りの人達だけです。
人間の輪、人間関係における分かち合いは、もっと積極的に使うべきです。
信頼できる人に、弱音を吐き、痛みを打ち明けて、相手の意外な強さや優しさを発見して驚くこともあります。思いもよらない独創的な解決方法が待っていることもあります。
人を傷つけるのも人だけど、人を救えるのもまた人で、みたいな格言がありますが、本当そうだと思います。
例えば聖書なんかでも、神さまは助けは人を通して遣わすから、人に注意していなさいと言われています。人間って、大事な存在なのです。
ただし、絶対に依存してはいけません。人にはいろんな時期があり、すれ違うときもあり、一致する時もあります。でも、それでいいのです。お互いがあるがままであることを受け入れ、許し、その中でちゃんと一緒に語らえる「人」がその時用意されていることを知って、喜んでください。

そして、「天」です。
人間にはそれぞれの天命があり、皆、必死で生きています。皆、自分の人生を生き抜くことが第一です。人の頭や心は万能じゃありません。いつも慰めてくれる人が、手一杯でどうしようもないなんてこともよくあるし、いつも分かってくれる人が、今回は全然分かってくれないなんてこともあります。人間には、自分のキャパ以上のことは理解できないからです。自分の巨大な孤独を、人間には扱いきれない、そんなことだってあります。
そんな時は、天と話す時なんです。天使や神さまに話しかけましょう。人知を超えた存在に助けを求めて、保護してもらい、羽を休めて作戦タイムを取るんです。これは、自分はもう変わるしかないのだ、というとこまで追い詰められた人ほど、その有効性が分かると思います。天は時に厳しいようなことも言いますが、よくよく聞いてみれば至極真っ当なこと、そして本当に今前に進むために、このつらい場所にいつまでも留まらないように、これ以上自分が自分を傷つけることのないように、そのために言ってくれているのだということが分かります。自然で真っ当なステップ以外に、最も信頼できる変化などないからです。(突然で都合のいい展開は大抵目眩ましで、すぐに失望することになり、落ち込みが深まることが多いです)
天の言葉をちゃんと理解するにはコツが要ったり時間が要ったりします。自分を知らない人ならなおさら時間がかかります。即効性だけに頼らず根気よく、長期的に取り組むと吉です。その時期は、無理に自分の領域だけでやろうとせず、他人の言葉に頼ろうとせず、ちょっとフワッとさせたまま作戦タイムと癒しが終わるのを待つほうがよいです。

人とも関わりましょう。
自分と向き合って癒やすことも、やりましょう。
神と対話することも、やりましょう。
このどれが欠けても、人間はバランスが、ちょっと崩れるのです。

神、つまり直感を通して、直感を自分の全身に流れ込ませていく過程をやらないまま一生を生きるのは、たぶん無理です。直感や野生の勘は、常に自分を正確に導いてきました。このコンパスはこの上なく正確無比なのです。どんな人でも、それは体で、感覚で知っているはずです。スピリチュアルに限った話じゃありません。
それから、人とかかわらないこと、人に助けを求めないこと、人を信用しないことも、無理です。そんな人が生きていくのは、物理的にも心理的にも、無理です。人に心を開いても、いいのです。
そして自分で自分を癒すこと、認めることをしないで生きるのも、無理です。いえ、もしかしたら、可能ではあるのかもしれません。ですが、大体、ひどいものです。神も他人も、自分に対して自分が開くことをしない限り、本当には働くことのできない機能だからです。責任のない人生を、これからどれだけ生きるつもりなのでしょうか。そんなことをして、自分が傷ついていないとでも、思ってるのでしょうか。それは駄目です。無理なのです。だけど、人はいとも簡単に、責任を投げ出しても大丈夫だと言わんばかりの行動を取ります。その人の自尊心は傷ついていますが、自覚がないのです。

そう、一番むずかしいのは、「自分」の項目だったのです。
これが一番、色んな人にとって難しいことなのです。

私のブログはいつも、スピリチュアルの話をしながら「スピリチュアル以外のことをもっと意識してください」という書き方になります。それは、これが理由です。
WHRでやっていることも、必ず「自分にフォーカスするお手伝い」と言います。
恐くないよ、大丈夫だから、手伝うから、やってみよう。と問いかけます。
どんな正確であたたかいメッセージも、その人が自分に自分を開いていない限り、全部ニセモノになってしまうからです。
でも、それを理解できない人も、大勢います。そういう方に出会うと、残念な気持ちにはなりますが、そういう方にはどんな意味においても、何もしてさし上げられないのです。
勇気をもってやろう、やらないと人生は変えられない。そこまでわかってる方になら、そういう方となら、いろいろな試みはどんどん、うまくいくものです。

これは、難しいことかもしれません。
でも私はこのことを、この仕事をしてる限り、一生言い続けていきたいと思います。

スピリチュアルとは。そして、オラクルカードとは。

実際、オラクルカードって何なのだろう?

目的は?手段は?

一度はそう思ったことがある方も、きっといらっしゃるでしょう。

 それに対する答えとして、私が個人的にこれはと思った文章を、二つのオラクルカードの序文から紹介します。

 スピリチュアリティとは実際には、より良い人間になろうと努力を続ける人でいることを示唆する言葉にすぎません。

 カードを使えばスピリチュアルになれるというわけではありません。スピリチュアリティとは、自分で見つけるものだからです。しかし、このカードは、捜し求める人には神が惜しみなく開示してくれる普遍的な真理への洞察を深められるようにあなたを導きます。

 あわただしい日常の出来事に追い立てられる中、あなたが自身のスピリチュアルな中心軸に気づき、平和と智慧を獲得する助けになるよう意図されて作られています。

 カードは本当のあなたをよりよく知ると共に、神が非常に大切な目的のためにあなたを創造したことを理解するのを助けるでしょう。

(シルヴィア・ブラウン『スピリチュアルリーディングカード』序文)

カードを使うことは、スピリチュアリティとは、努力だ。というのです。

あらっ、思っていたのと違ったわ…という方、もう一回上の段落をよく読んでみましょう。

ではこれに関して、もう一つ引用します。

 アセンションカードを使うことによって、ガイダンスや気づきを得、高周波数に波長を合わせる手助けをしてくれます。しかしこのカードは、あなたの未来を予言することはできません。なぜならあなた自身が、自分の考えや決定に対して責任を持たなくてはならないからです。

 あなたの人生は石碑に描かれてはいませんので、ユニコーンがあなたに予言を与えることはありません。あなたは自分自身の中に、未来を築く力を持っているのです。あなたの思考や感情、決断や行動は全て、あなたの未来に何が起こるかに貢献しているのです。ですから質問に対する具体的な答えを尋ねるのではなく手助けをお願いすると、彼らはガイダンスや希望、ひらめきを与えてくれます。

(ダイアナ・クーパー『アセンションカード』序文)

なんと、オラクルカードは「未来占い」とは無縁だと言うのです!
これは、占いなんかに自分の未来が決められてたまるか!という自立派の方には、意外とピンとくるのではないでしょうか?
そうです、自分自身の背筋をしゃきっと伸ばして、天の導きを得ながら道を切り開いていくのはあなたですが、今胸につっかえているものや進行が止まっているもどかしさには、ちゃんと理由や祝福があると伝えてくれるオラクルカードは、面白い存在かもしれません。無神論者?無宗教?まったく関係ありません。天使は完全に宗派を超えた存在ですから、どんな人にも求める人にはきちんと理由が分かるように伝えてくれます。むしろ、そういったことをきちんと自分自身で理解している、またはしたいと切望している「捜し求める人」には惜しみなく開示されるが、そうでない人には何がなんだかピンとこないもの…なのです。
自分の闇が出て来たらどうしよう、と目を瞑っている人には、闇も見えない代わりに、祝福の光も見えていません。彼らはそのことに気がつこうとしないのです。目を開けてもあなたは絶対に安全ですよと、隣で天使が毎日のようにささやいていても、です。

しかも未来占いと無縁だというならば、きっと私の未来はお先真っ暗だわ……と思っているあなた!あなたにもうってつけだということです。だって未来占いがないんだから、真っ白な未来も真っ暗な未来もないってことでしょう?安心して前に進むことができるじゃありませんか!
そうです、誰にもあなたの未来など、決めることはできません。
「自分で責任を持つのですよ」というのは、一見厳しく、突き放したようにも感じられるかもしれませんが、オラクルカードと共に歩むならば、あなたはもう孤独を感じないことに気がつくでしょう。孤独を感じるときは、自分で背負い込んだということも理解できるようになります。導きと守護とともに乗り越えていけば、今までの「檻」から本当の意味で自分を解放していける、最も確実な手段となり得るのです。
そしてオラクルカードは、この良き友となり、道しるべとなり、自分と語り合う素晴らしいツールとなってくれるわけです。

オラクルカードは占いの領域に留まるものではない、と私が言う理由は、これなのです。
たかがきれいなカード一枚、と思う人は、非常にもったいないことをしています。

もう一つ、シルヴィア・ブラウンの上記のテキストから借りるならば、オラクルカードの使用とは

スピリチュアリティとは名声や評判で測られるものではなく、ときにはあなたと神しか知らないような大小の行いによって評価されるものであることを覚えておいてください。

といった性質のものなのです。
ほんの小さな、個人的で地味な、しかし真摯で根強い行動の一つとして、オラクルカードは存分に徹底的に活用できる優れたツールなのです。
神と対話し、この世に自分一人しかいない「自分自身」とのコミュニケーションをきちんと取ることこそ、「スピリチュアル」…なのではないでしょうか。

また、この一文を借りるならば、オラクルカードリーディングで出たカードたちというものとは、

カードは方向を示す矢印のようなもので、あなたはカードを使った後、カードのメッセージがどれほどあなたの状況に合っているのかに気がつくことでしょう。

リーディングやティーチングにおいてWHRは、あなたに差し出されたその矢印を丁寧に読み解き、皆さんの体験や思考・感情などとそれら矢印が示す地図を一緒に探し、徹底的に読み解くことでスッキリして前に一歩また踏み出そうという、皆さんの内面への旅を一緒にさせていただくツアーガイドをする、というわけです。

皆さんがその旅で何を掴むかは、皆さん次第。

しかし、知らない知識の補佐や、読めない言語の翻訳、天使にガイドを常にお願いして直観・理性・経験値の全てをフル活用してガイドさせて頂きます。
旅を終える時には、リフレッシュしてすがすがしい気分で新たな一日を迎えられることでしょう。

オラクルカードを通して見えてくること

オラクルカードが取り扱う内容は様々で非常に多岐に渡り、また使うオラクルカードによってもそのモチーフの得意分野ごとに違った角度からメッセージをくれます。例えば、同じテーマのカードだとしても、大天使の言い方と妖精・フェアリーたちの言い方、ユニコーンの言い方だと、全てそれぞれ違うニュアンスと言い分を持っています!その違いもまた、オラクルカードの奥深さと楽しみです。

ここでは「スピリチュアル用語」で、オラクルカードで見ることのできる分野を挙げておきます。

  • インナーチャイルドとの付き合い方、癒し
  • 豊かさ、経済状況について
  • 本当の意味での強さや自信について
  • サイキック能力について
  • 環境を整える、地球との共存について
  • 愛、罪悪感の取り除き、無償の愛の学習
  • 「動物」的純粋さ、無垢さ
  • 休息と浄化、「水」
  • 女性性と男性性/受け取ることと与えること/能動と受動
  • 食事の変化、摂取する栄養について
  • 前世、カルマから来る問題
  • 内なる平和、調和、バランスについて
  • ジャッジしないこと、視点の上昇

オラクルカードの中にはこれらの要素が殆ど全部入っており、今の自分に必要なものを的確に教えてくれます。(もし入っていないカードがあったら、ちょっと使いにくく感じられるかもしれません)

最終的には、これら全ての領域においてバランスがとれていることが自身の安らぎに繋がり、安定させてくれることが分かってきます。